アイデアホイホイ〜3分のヒマつぶし

入れて出す、3分間・・・アイデアを、だよ?

アイデアホイホイセイレーン

怒りがこびりつくあなたへ3「他者中心→自分中心」

前回までのまとめ

  • 怒りのシーンを何度も何度も思い出して「今度はこうしてやる」と考えているのが、「怒りがこびりついた状態」
  • 自分の怒りの感情に気づかず笑顔で流す、そんな感情と行為の隔たりが、「ああしてやればよかった」という怒りのこびりつきを生む。

(cf「怒りがこびりつくあなたへ1」)

  • 怒るような出来事があるにしても、本音に嘘をつくことで、怒りのこびりつきに自分も荷担している
  • 他者中心になる、自分の気持ちをないがしろにしていると、いつか爆発してしまう
  • 他者中心の姿勢は、幼少の頃からの経験で、骨の髄までしみこんでいる

(cf「怒りがこびりつくあなたへ2」)

■ 自分中心になる方法「相手に求めない」

相手をどうこうしたいという気持ちは、実は「他者中心」の考え方からきています。 「自分中心で考え、自分を大切にするために相手に変わってもらうのではないの?」 と言われそうですが、少し違います。 相手を変えたい、相手が変わるべきだ、という考えは、「相手のために自分は変わってきた」という経験から出ています。 「私も人のために変わってきたんだから、あなたも人のために変わるべきよ」 「私も犠牲を払ってきた。あなたも犠牲を払うべきだ」 親がこうなれといったように自分がなってきた、のなら、相手も同じように「自分がこうなれ」という姿になるべきだ…と。 これは立派な他者中心です。 とすると、自分中心になるためには、相手に求めてはいけないということになります。 相手に求めてはいけない…もっというと、自分を自分で満たしてあげる。 相手に満たしてもらおうとしないということです。 怒りがへばりついているとき、つまり、あの時のことをシミュレーションしているとき、どんなことを頭の中で言っているのでしょうか? 冒頭の言葉を取り上げますと、 「くっそぉ、お義母さんはあんなこというなんてひどすぎる!いなくなればいいのに!!」 「なんであんなクレームを俺が受けなきゃいけなかったんだ!しかも人格を否定するような言い方しやがって!」 「先輩はどうしてあんな意地悪な言い方しかできないんだろう!」 「あいつ、俺がおとなしそうだからってナメやがって。不良がなんだ!!いつか殴ってやる!」 このどれもが、自分中心になっていないことが判ります。 相手の行為に焦点があり、自分の感情をないがしろにしています。 相手にどうなってほしいとか、相手がどうにかなることを祈っている。 これは自分中心ではありません。 「そりゃ怒るよね。怒ってもしかたないよ。」 そうやって自分中心に、自分の感情へと焦点をあててください。 相手をどうにかすることではなく、自分の怒りの感情を受け入れ、なんとかするのが先決です。 相手に求めても、いらだちが募るばかり。 シミュレーションならなおのことでしょう。

■ 自分中心で感情を処理する

【引用】自分を愛するには、あなた自身がもっと「自分に関心を抱く」ことです。自分に関心を抱いて「自分を愛する行為や行動のほうに焦点を当て、その"心地よさ"を実感する」ことです。 【出典】すばる舎『「しつこい怒り」が消えてなくなる本』P108 著:石原加受子

怒りのこびりつきを少なくするには、事が起こったとき、本音と建前のへだたりを自分の中で少なくするのが大切でした。 つまり、自分中心に感情を処理する。 無意識に、それはもう自動的に愛想笑いで流してしまうなら、まずはそのときの自分の感情に気づくのが第一です。 自分の気持ちに気づくことができれば、その心を大切にしてあげることができますから。 「おい千石、これ100部作っといてくれ」 「はい…(今自分の仕事いいとこなのに…なんで俺にばっかり雑務を押しつけるんや!)」 この場合、「自分の仕事をしたい」という欲求に気づいている点で、ただ愛想笑いしているよりマシです。 でも、他者中心になってしまっている。雑務を押しつける上司に焦点がいっていますからね。 「おい千石、これ100部作っといてくれ」 「なんで僕にばかり雑務を押しつけるんですか!!」 とやってはあまりよくないでしょう。他者をなんとかしようとする処理です。怒りはおさまりません。 自分中心なら、 「おい千石、これ100部作っといてくれ」 「はい!ですが、今この仕事が乗ってきていますので、20分後に始めてもいいですか?」 自分の感情(本音)を表現できているので、建前との隔たりが皆無です。 この後の上司の言葉がなんであろうが、自分中心の表現をし、自分の感情・思いを大切にできているので、心に満足感が生まれます。

■ 自分中心の表現方法

【引用】「自分表現」の基本公式はいたって簡単です。 「感情の言語化プラス意志」で自己完結させる。 この法則にのっとると、まず、自分自身の心が楽になります。肉体も力が抜けて楽になります。身体的にそうなるのです。 どうしてでしょうか。 それは「自分の気持ちや意志」を表現しているとき、その瞬間瞬間が、「私を愛している」ことになるからです。私たちは自分を愛することができると、深い満足を覚えるのです。 【出典】すばる舎『「しつこい怒り」が消えてなくなる本』P161 著:石原加受子

上の例でいえば、感情の言語化(今この仕事をやりたい)+意志(20分後に100部作る)ですね。 人は見えやすいところに焦点を置いてしまいます。 相手の気持ちは見えません。どれだけ立場に立とうが、想像です。 本当に判るのは自分の気持ち。そこを見ればいいだけだから楽。 ですが、自分の気持ちよりもっと見えやすいものがある。 それが「相手の行為」。 他者中心に、相手の気持ちに焦点をおけば、妄想に振り回されることになります。 他者中心に、相手の行為に焦点をおけば、報われることのない望みに焼かれてしまいます。 自分の気持ちに焦点を置きませんか? そのときどきに起こる小さな怒りの感情を大事に、自分中心に受けとめ処理していけば、大きな怒りになってへばりついていくこともなくなります。

【引用】どんな場面においても、その中に、「いまの自分」がいると同時に「過去の自分」もいるのです。 ここが非常に重要です。 過去の痛みといまの痛みとが、気づかなくても重なってしまう。これは、私たちの弱点であり、同時に、強味とも言えます。 「現在の私」は、「過去の私」の延長線上にいます。 だからこそ、過去に戻らなくても、いまの自分を変えることで、あなたは、過去の自分の痛みを癒すことができるのです。 【出典】すばる舎『「しつこい怒り」が消えてなくなる本』P112 著:石原加受子

今の自分が変われば、過去の自分の痛みも癒すことができるのですね。 自分の気持ちを大切にしたいと思います。 三作にわたり、長い文章におつきあいいただき、ありがとうございました。 石原さんの『「しつこい怒り」が消えてなくなる本』、おすすめです。 参考にしてください→ 「怒りがこびりつくあなたへ1」 「怒りがこびりつくあなたへ2