アイデアホイホイ〜3分のヒマつぶし

入れて出す、3分間・・・アイデアを、だよ?

アイデアホイホイセイレーン

子どものケンカ、大人のケンカ

【概要】子どもはその場で殴りあうかもしれない。大人は違う。グッと我慢して家に帰り、そこから始まる。

誰にでも、嫌な人っています。 千石にもかつていました。そういう人へのムカつき、イラだち、くやしい気持ち、それってどうしたらいいんでしょうか? 大人のケンカ、これは子どものケンカとは違うんですね。

■ 子どものケンカ、大人のケンカ

【引用】「相手をやっつけてやりたい」と思っても、私たちはもう大人です。 子どものケンカだったら、殴り合いってこともあるかもしれないけれど、大人はそれ以上の対応をしなきゃいけません。 大人のケンカは、なぐりたい気持ちをぐっとこらえて、家に帰るんです。 そして家に帰って、猛然と勉強を始めるんです。一生懸命、本を読んで、どうしたら相手を抜けるか考える。 「課長に理不尽なこと言われました」って、泣いているヒマがあったら、猛然と勉強して、課長を抜く方法を考えるんです。 【出典】PHP研究所『強運』P120-121 著:斎藤一人

ポカポカ殴りあうのが許されるのは子どもまで。 体が大きくなると、そうはいかないかもしれない。 僕などは身体は大人で心は、ね、ほら、子どもみたいなもんなので、ポカポカ、ポカホンタスしちゃうけど(?)いけませんね、それじゃ。 大人は堪えるのだそうです。 そして家で猛然と勉強。 「あんな奴に負けてたまるか!」 斎藤一人さんは、講演の中で「『ビタミンふざけるな』が足りてない」というようにおっしゃっていたと思います。 みんなの前で恥じかかされた! 家で猛然と勉強してやっつけちゃいましょうよ。 理不尽すぎる! そんな人に頭下げなくてもいいように勉強して、お金持ちましょうよ。いや、そいつより幸せになりましょうよ。

■ 人間大きくなると…

いつまでも気になる、ムカつく、というのは、結局のところ、その人に勝てないということなんですね。 社会的に立場が上、下、というのも大切です。 でも、自分の人間が大きければ、小さい者がピーピー叫んでも気にならないものです。 心に余裕があり、大きい状態であれば、子どもが泣き叫んでいれば、 「あら、どうしたの?かわいそうに…」 でも自分が小さい状態であれば、 「うるさい!!黙りなさい!!」です。 相手が気になる、腹が立つのは、存在が自分より大きいか同じぐらいで邪魔なんですね。 勝てない…というよりも、その人から学ぶべきものを学べていない…と言った方がいいかもしれない。

【引用】一生懸命勉強して「ふざけるな!」って思っている人を抜いたとき、はじめて「ああ、この人がいたから、いまのオレがいるんだ」って感謝の気持ちに変わるんです。 いつまでも恨みごとを言っているのは、まだ相手を抜いていないってことなんですよ。 【出典】PHP研究所『強運』P121 著:斎藤一人

嫌な奴を越えたときって、結果的にその人に感謝することになるんです。 中学のときに僕を何かしら理不尽に攻撃してきた人は、周りの友だちのよさを際だたせてくれました。 「あぁ、あいつに何言われようが、なんでもないな。めちゃくちゃ助けてくれる人がおるもん」 その子のおかげで、テニス部での先輩のシゴキが合理的なことこの上なし。 もし普通に中学生活おくってたら、年中球拾いさせられることに嫌気がさして辞めてたかもしれない。 「ビタミンふざけるな」で、学ぶのは素敵だと思います。 学ぶのは学問かもしれないし、仕事の段取りかもしれないし、心のこと、友だちが宝物であることかもしれない。 その後に訪れるのは、嫌な奴への「ありがとう」です。 結果は「ありがとう」に行き着くのだから、先感謝しちゃってもいいかもしれませんね。 「ありがとう、課長。おかげで僕の心に火がつきました。あなた、やっつけるために勉強します。」 これが言えたら、すでにそれは相手を越えているような気がしますが、いかがでしょう。 嫌な奴の存在、それは自分が学ぶための起爆剤。 いずれ感謝してもしたりない者となる。 幸か幸せか、最近ムカつく人が僕の前に現れません。 なんというか、上手に教えてくださる人ばかりで。 笑顔でグサっっっっと刺してくることはあるけど。 長い文章、ありがとうございました。