今、なんだかとてつもなくエレガントに電車を乗り遅れた女性がいた。 駆けてはおらず、しかし、確かにこの電車に乗りたかったのだろうと分かる道線を描いていたのが、電車の扉によって遮断された。 少し運転手の方に目をやり、これまたゆっくりときびすを返して行ってしまわれた。 その女性をずっと見ていたかったのだが、無情にも電車は進んでいく。
◆ 普通の人が乗り遅れたなら
乗り遅れる…普通はこうはいかない。 ギリギリ閉まる扉にベロを出して照れ笑い。 「ま、いっか」「ついてねぇ」 間に合った乗客に聞こえるはずもないが、言い訳まがいにつぶやいてみる。 私の偏見かもしれないが、その状況に出くわしたとき、少なからぬ「気まずさ」を人は感じるのではないだろうか。 なのにあの女性はそれを微塵も感じさせず、むしろその動き一つ一つに美しさすら私に感じさせて乗り遅れていったのだ。 どうやって、あのエレガントさを醸し出すのだろうか? 顔が美しく、プロポーションがよい、そして女性…それ以外は私と変わらぬ人間である。 あの女性の動きが欲しい。 いや、あの女性が欲しい。 もし電車に間に合っていたら、私と彼女の間に何かが生まれていたかもしれない。 そう思うと、あのエレガントな道線の延長上には、電車の中で出発を待つ私の胸が確かにあった。 そうか、あの女性は電車に乗りたかったのではなく、私に乗りたかったのであろう。 いや、電車には乗りたかったのだが、それ以上に私に乗りたかったに違いない。 であれば、欲なくエレガントに乗り遅れられたことにも合点がいくではないか。 思考が異次元に向かってスピードを上げていく。 と同時に、電車が異様に早いスピードで彼女から私を引き離して行った。