【引用】
「あの子は、宝石のような子だ。あの子がいるといないのでは、君の生活はまるでちがったものになっているだろうな」
「ええ」
鮫島は低い声でいった。課内には誰もおらず、閉じられたドアの向こうからは署の喧騒も入ってこなかった。「誰でも毎日の生活の中に、宝石はもっている。ただ、見慣れてしまってそれが宝石であるのを忘れてしまうことがある。あの子を見慣れてしまわないようにな」
【出典】光文社文庫『炎蛹-新宿鮫5 新装版』P281ー282 著:大沢在昌
あきよしちゃんの記事を読んだ。
ネタバレになってしまうので詳細はふせるが、Aさんという女性社員にイジられる話だ。
手汗を嗅がされたり、新作ネイルの評価を聞かれてみたり、なかなかうらやましいではないか。
どんだけ愛されているのだ。
全力で言いたい。
「Aさんは、宝石のような子だ。Aさんがいるといないのでは、君の生活はまるでちがったものになっているだろうな」
「ええ」
あきよしちゃんは低い声でいった。
「誰でも毎日の生活の中に、宝石はもっている。ただ、見慣れてしまってそれが宝石であるのを忘れてしまうことがある。Aさんを見慣れてしまわないようにな」
「はい」
高瀬はあきよしちゃんを見やった。
と言いつつ、Aさんとは心の底から遭いたくはない私だが、そんな私も宝石をもっている。
妻だ。
朝。洗面所で妻が歯を磨いている。
当たり前の風景。
当たり前の日常。
見慣れてしまってはいけないのだなと思うと、愛おしい気持ちがこみ上げてきて、そっと後ろから私の宝石をハグした。
「やめて」
イヤよイヤよも好きのうちだろうか。
「暑っくるしい。・・・うっとうしい。」
私はそっとその場を離れた。
夜。
「ほら、仕上げ磨きするよ。はやくおいで」
と、子どもを呼ぶ妻。正座をしている。
膝枕をして、歯を磨いてやるのだろう。
当たり前の景色。
当たり前の儀式。
見慣れてしまってはいけないのだなと思うと、愛おしい気持ちがこみ上げてきて、そっとその宝石の膝の上に私の頭をのせようとした。
ゴンッ
後頭部を宝石で殴られたような鈍痛が走る。
そこにあったはずのやわらかい膝が、瞬でスライドし、どうやら床に向かって私は勢いよく寝転んだ形になったらしい。
頭をかかえて悶絶する私を笑いながら、子どもが妻の膝に飛び込んでいった。
「はい、おしまい♪」
「ありがとう♪お母さん♪」
何事もなかったかのように交わされる言葉。
当たり前の挨拶。
当たり前の会話。
見慣れてしまってはいけないのだなと思うと、愛おしい気持ちがこみ上げてきて、、、
まじ、頭いてぇ・・・
近くて遠い、私の宝石。