アイデアホイホイ〜3分のヒマつぶし

入れて出す、3分間・・・アイデアを、だよ?

アイデアホイホイセイレーン

天気雨の別れ

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「サヨウナラ…」 喫茶店、片言で弱々しい女性の声が聞こえて振り返ってみると、異国のカップルが店を後にするところであった。 奥にいる店員さんは気づかないようで、返事はない。 一瞬二人と目があったので、少し微笑んでから、すぐ向き直った。 もうこの二人とは逢えないのだろうと思うと、もっと手を振ったり「さようなら!」と別れの挨拶をしたりすればよかったなという気がしてきた。 そっと、姿が見えなくなるまで背中を見送ってみた。 塾ではおもに中学三年生を担当している。 受験もあり責任が重い。 思い入れも自然と強くなってくる。 体もほぼ大人なら、いっぱしの要求だってしてくる。 同じ目線でやってしまう。 「ウザい、キモい、シネ!」 言葉の悪さ、態度の悪さに叱るを通り越して、怒り、喧嘩にもよくなった。 ある時など、男子生徒が机の上にあぐらをかいていたので、無言でTシャツの襟首を掴み引きずり落とし、そのまま玄関にシュート、上からスリッパを投げつけてやった。シバかれなくてよかったと思う。 初めてのときだったか、担当した中三が卒業していった次の日、自分がその子達に授業をしていた教室へ行って、それぞれの生徒の椅子に座ってみたことがある。 基本は自由席なのに、なんとなし、いつもみんな座る場所が決まっていて、同じ方向から同じ声が日によって違った調子で教卓に届いてきた。 この席からあいつは、どんな気持で自分を見上げていたのだろう… あの子は、ここからどんな思いで最後の授業を受けたのだろう… 「『芥川龍之介』読めるよな?」 「ち、ちゃがわ?」 この席で本気で応えていた生徒の真面目な顔を思い出しながら、顔は笑っているのに天気雨みたいに目から流れるものがあった。 今も中三を担当している。 ワガママ、愚痴、文句、悪口、不平不満… しょうがない奴らだと思うときもあるが、この子たちとの別れも、刻一刻と迫ってきているのだろう。 一瞬の出逢い別れなら、寂しさも、すっ、と喉元をすぎてくれるが、長いつきあいになってくるとそうはいかない。 子どもの巣立ち、親友の門出、慕う人の死… 別れの形は数あれど、今までそこにあったものが急に失われる様は、等しく寂しい。 「私たちのワガママ、俺らの文句、聞けなくなって寂しいんでしょ?」 頭の中で小憎らしい卒業生たちが笑いながら語りかけてくる。 そうかもしれない、 とりあえず笑い返してやった。